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“駅で裸になり警察に捕まった早大生” が語る【日本】の狭さとは

“駅で裸になり警察に捕まった早大生” が語る【日本】の狭さとは

彼が「そろそろ帰る」と言った。

「これから何か用があるのか」と私は訊ねる。

間髪入れずに彼は

「これから家庭裁判所で裁判受けてくる」

と、ケロッと言うものだから、私も至って驚かずに「何をやらかしたの」と訊ねた。

彼は

「真夜中に駅前で裸になり、警察に捕まった」

らしく、私は「ついにやってしまったか…」とまで思ってしまったことを、よく覚えている。

普通に生きていたら駅前で裸になる必要はないし、警察に捕まることも裁判を受けることも、案外、この世の中で中々あることではない。

———もう、3年前の話だ。

S氏はあれから、何も変わっていない。

3年という月日が経ってもなお、早朝にこうして私の家に忍び込み、私から奪った毛布にくるまって寝ている。その破天荒さは健在で、この憎たらしい寝顔を見ていると、手遅れになる前にS氏のことを世に知らせてやらねばと思い、筆をとった次第である。

19歳、駅前で裸になる

あの頃、S氏はどうして裸になってしまったのか、改めて訊ねた。

彼が裸になった理由は、なんと「リフティングで負けたから」らしい。それ以外の理由は何一つなかったみたいだ。

リフティングで負けたくらいで裸にならなくてはいけないの?!

リフティングとは、サッカーボールを足で蹴って回して、地に落としたら負け、というルールのもの行われるゲームである。

どれだけこいつは過酷な世界で生きているのだ。まあでも、世の中には電車の時刻表を集めて眺めることを趣味とする界隈だって存在するのだし、リフティングで負けた人間を駅前で裸にして放流する世界だって、この世のどこかにはあるのだ…。

「気づいたらお巡りさんに背中叩かれて、振り向いたときにはもう手錠をガッツリ

はめられていた。あの時ばかりは “終わった” と思ったよ」

そうS氏は振り返る。

「警察が来たら車で助けに行く」と言っていた友達たちは、S氏が警察に捕まる様子を見て「爆笑しながら車を走らせて逃げた」らしい。オーシャンズもびっくりな裏切り劇である。

そして、署内に連行され、警察から「君はどれくらいお酒いれて裸になっちゃったの?」と訊ねられ、

S氏が「いや、素面です。酒一滴も入ってないっす」と答えると、

「え?!素面であんなことできるの?!」

と、警察の人は大変驚いていたという。草薙ツヨシさんだってそれくらい驚くだろうな。

母親からは

「あんたは早稲田大学まで入って何がしたかったの?」

と問い詰められたみたいだ。本当にお前は何がしたかったんだ?

今、S氏に「あの頃の自分と今の自分、何か変わったことはある?」と訊ねると、彼は「特にない」と即答した。

駅前で裸になる連中は、みんなこんな感じなのだろうか。

20歳、留年する

確か「文学史における~という作品の立ち位置について」とかいうテーマのレポートだったと思う。

提出期限1時間前に、私の家で私のパソコンを使ってS氏はすごい勢いでそのレポートを書き始めた。

彼がすごい形相でキーボードを叩いているものだから、

頑張って書いてるのだなぁと感心し、

PCのディスプレイを覗き込むと、

一番上に表示されたタイトルには

『自分を変えるのは自分次第!!!』

とかいうテーマが冠されたレポートを綴っていて、心底意味が分からなかった。

指定のテーマ、ガン無視。内容もめちゃくちゃ、超適当なの、コイツ。

しかも指定の字数に達していないまま、提出期限を過ぎ、彼の落単が決まった。

そんなことを繰り返しているうち、彼は二年生になれないことが決定したのである。

あとは、千円だけ握りしめて徒歩でキャンプしながら九州縦断したり、居酒屋バイトで料理つまみ食いしたのがバレてクビになった挙句「居酒屋は酒飲むところであって働く場所ではない」と威張り散らしてみたり、確かS氏はそんなことばかりして20歳という齢を過ごしていたと思う。

21歳、アメリカを自転車で横断する

そんな彼は、なんとなくアメリカを自転車で横断することを決めた。

案の定、ほぼ半分は野宿。あとは知り合った人の家に転がり込んだり。

真夜中のニュージャージーで警備員に「このあたりに宿泊施設はないか」と拙い英語で訊ねた際、薄暗くて、臭くて、人がたくさんいる部屋に案内されたこともあったとS氏は言う。

まあ屋根の下で眠れるだけましマシか…と思って辺りを眺めると、看板には

『ホームレス厚生施設』

という字があったという。

アメリカでホームレス厚生施設にぶち込まれるって、この人はどこまで汚い恰好でうろついていたんだろう…。

そういえば、ロサンゼルスで自転車が盗まれたこともあった。

S氏が朝日とともにわけのわからない丘の上で目が覚めた時にはもう、自転車は無くなっていたそうだ。

「綺麗な朝日で目を覚ましたけど、自転車なくなってるから、もう一回寝るわ」

という文字と一緒にインスタグラムが更新されたときは死ぬほど笑った。

彼の21歳は、台湾で泥酔したあと、やっとの思いで空港にたどり着き、フライトの時間に間に合ったはいいものの、自分の全ての荷物を預けた友達とはぐれ号泣し泣きわめいていたところ、優しい台湾人の方に抱きしめられて慰められたり、その台湾旅行中に友達がタクシーでおしっこ漏らしたり、多分そんな感じで終わったと思う。

22歳、海外で暮らすことを決める

そんな彼も僕も22歳かぁ。

久しぶりに会ったS氏に「近い将来、オーストラリアで暮らすことにした」と打ち明けられ、また急だなぁ、でもこの人にはこうやってせわしなく生きていてほしいなぁ、と思った。

そんなS氏に、どうして日本の外へ出るのかと訊ねると「海外に憧れがあるから」と彼は言った。

「海の外の人間は、それぞれが自分の人生を生きている。自分の好き好きで自分を動かしている。今を楽しもうという想いが根底にある。日本人には、それがない」

ひどく心に突き刺さる言葉である。

そんなS氏も、夏には1か月かけてアジア諸国を旅してまわるそうだ(ちなみに彼の旅に私も誘われたが、どうせ無謀な旅になることは目に見えているので断った)。

気づいたらS氏は、もう日本にはいないかもしれない。

それは大変寂しい事であるが、彼の生き方を私は全力で応援するし、これを読んで面白いな、と思った人も、ぜひ彼の背中を後押ししてやってほしい。

そんな彼の生き方を応援してくれる方は、どうかこの記事のシェアをよろしくお願い致します。

そのうち彼は、有名になると思います。

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