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「好きなことで、生きていく」論争に欠ける【一つの視点】

「好きなことで、生きていく」論争に欠ける【一つの視点】

「好きなことで、生きていく」

という標語がインターネットの海を泳ぎだしてから久しい。

この言葉を初めて耳にしたのはいつ頃だろうか?
恐らく、Youtuberなる存在が世間で認知され始めた頃だろう。
様々なYoutuberがYoutubeのプロモーションに起用され、彼らが代わる代わる好きなことを仕事にしている様子を映し出したそれはお茶の間に衝撃を与えた。


当時の僕も正直なことを言えば、こんなふざけたこともお金になるの?!?!と思った事を強く覚えている。
そのCMは「好きなことで、生きていく」という標語を打ち出し、大きな羨望と、多少の違和感を私に与えたのだ。

複雑な想いを抱いたのは私だけでなかったようで、そのCMが初めて流れてからもうすぐ5年が経つのに、「好きなことで、生きていく」という姿勢に対する論争は、まだまだ収束しそうにもない。

それはなぜか?

現代が社会の過渡期にあるからだ。

「好きなことで、生きていく」への否定的意見

「好きなことで、生きていく」という言葉に対する否定的意見は2つある。

・好きなことして、楽して大金稼ぐ??そんな世の中は甘くねえ
・好きなことで生きていくのは大変なんだぞ、軽々しく言うんじゃねえ

中々対照的であると思いませんか?

前者の場合、「好きなこと」=「面倒が一切ない楽な仕事」という言葉に置き換えられており、多少の嫉妬を感じさせる意見だ。
後者の場合、「好きなこと」を仕事にするためには様々な苦悩が伴う、という忠告。

どちらも共通点があり、一貫して「好きなことのみを仕事にする」ことへの不可能を説いているのだ。

つまり、これらは「好きなこと “だけ” を手段として金を稼ぐ」ことを念頭に置いた批判なのである。

私は「好きなことで、生きていく」という言葉に対するこの手の批判は、重要な視点を欠いていると思っている。

前提として、「好きなこと」=「楽なこと」ではない

自分が日々の業務に疲弊し、朝晩と満員電車で職場を行き来するサラリーマンだとしたら。

どう逆立ちしてみても遊んでいるようにしか見えないYoutuberたちに「好きなことで生きていこうぜ!!」なんて言われれば、何もかもが嫌になってしまうだろう。

そして、そんな彼らの言葉に感化された若者が「俺たちも好きなことで生きていきてえ!!!」なんて言うものならば、人生のほろ苦さを説き始めてしまうかもしれない。

それは私が「好きなことで生きていく」という言葉を受け取る時、無意識のうちに「好きなこと “だけ” で稼ぐ楽な生き方」というように解釈をしてしまうからだ。

ここに現実とのギャップがある。

Youtuberの仕事に辛い事は無いのか?
面倒事は無いのか?
不安はないのか?
それがYoutuberじゃなくてアイドルだったら?
タレントだったら?
上場企業の社員は?
ベンチャー企業の社長は?

どんな仕事でもそうだが、酸いも甘いも、噛分けて人は生きている。
楽しそうに見えて、もっと言えば遊んでいるように見えて、実は大変なことがたくさんある、ということはよくある話だ。

大変なことがある、ということは「好きなことで、生きてい」かなくても、どんな仕事にも共通することだ。

従って、大変なことすらも楽しめるかどうか、それが「好きなことで生きる」ということではないだろうか。

「好きなこと」を仕事にするということ

好きなことを仕事にしない方が良い、という言葉も聞く。なぜなら好きが嫌いになるから。
音楽が好きだからと言ってプロのミュージシャンにならない方が良い、なぜなら、嫌いになるから。疲れてしまうから。

ではプロフェッショナルとして活躍する人々は自分の仕事が嫌いなのだろうか?
そんなはずはないだろう。

好きなことを仕事にすればいい。
嫌いなことを仕事にするよりも、好きなことで悩んで疲れて答えを見つける、そんな人生もとても楽しいだろう。

一方で、違う「好き」を選ぶ生き方もある。
例えば、何かを手段として、結果的に「好き」を得る働き方だ。

料理を作るそれ自体が好きじゃなくても、料理を作って人を喜ばせ、料理をツールに人とのコミュニケーションを得る、それが好きだ。その生き方も「好きなことで、生きていく」ということではないだろうか。

特定の「好き」を手段にして仕事をしなくても、決して好きではない何かを手段にして結果的に「好き」を得る、それも立派な「好きなことで、生きていく」ということだと私は思う。

そこに、「私はブログが大好きだから、ブログだけで生きていきたいの!!!」という生き方とは本質的に違はないのではないか。

「好き」を手段にすることも、「好き」を結果に置くことも、大差はない。

まるで遊んでいるようなYoutuberを見て、自分の仕事とは何か?なんて悩む必要もないし、嫉妬する必要もない。自分の生き方に満足しているかどうか、それだけで良い。

だから、好きなように生きる

好きなことで、生きていく」という言葉には「好きなことを手段にして金を稼ぐ」という言葉に置き換えられる。

だが、Youtuberになることだけが、タレントやアイドルやモデルになることだけが、バンドマンとして売れることだけが「好きなことで、生きていく」ではないだろう。

それこそが「好きなことで、生きていく」に対する批判に欠落している視点だと思う。

「好きなように生きていく」

私は、これが良い。

なにも、他人に迷惑かけることを顧みず、自分勝手に生きる、ということではない。
自分の人生に、仕事に納得して、好きな人と働いて、好きな人と暮らして、好きな物を時々楽しむ。
「好きなことで、生きていく」という言葉に一々噛みつくことなく、もっとラフに生き方が捉えられる、そんな社会になれば良いと思う。

これからの時代は

冒頭に、現代は過渡期であると書いた。それは「仕事」=「ただの金稼ぎの手段」という価値観が崩れ始めているからだ。
「好き」を仕事にできる時代だし、結果として「好き」を得ることができる時代である。
というのも、会社に属するというあり方が相対化し、主体的な経済活動が可能になった。

これからどんどん、人の生き方が多様になればいい。

「好きなことで、生きていく」とは、これからの時代の変化を告げるような、そんな言葉であると思う。

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