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ドルガバ炎上に見る「今日のグローバリズム」の限界と課題とは

ドルガバ炎上に見る「今日のグローバリズム」の限界と課題とは

グローバル社会。グローバルビジネス。グローバリズム。これらは、近年急速に普及した言葉の一つだ。

「グローバル」にまつわる単語は、とりわけビジネスシーンでは耳にする機会も多いだろう。だがその実、「グローバリズム」という概念の危険をきちんと心得ている人は少ない。これは、決して日本人に限った話ではない。

2018年11月、ドルチェ&ガッバーナ(以下、ドルガバ)が炎上した。中国で行うショーの宣伝用に作られたCMで、中国人モデルがお箸でピザを突っつき、持ち上げて食べる様子が人種差別的であるとされ、発端となった。

私はこのニュースに、今のグローバリズムの問題が非常によく現れていると思う。

 

 

以上は問題のCMである。ほとんどの動画は削除されてしまっているようだ。

「グローバリズム」で見落とされがちな視点

この問題を考えるために、まずは「グローバリズム」という概念を再確認するところから出発しよう。

一般にグローバリズムとは、産業・社会・政治経済などが国境を越えて結び付き、地球規模に拡大する概念のことを指す。

例えば、会社が「グローバル化の時代だ!」と言って海外進出するのは、自国から世界へ、より大きなマーケットに進出することで更なる収益を期待するからだ。ビジネス以外の分野でも、先進的な技術や知識の移転などによる発展途上国支援、特定の地域間での自由貿易協定、経済連携協定など、グローバル化にはたくさんのメリットがある。

だが、ここには大きな落とし穴が潜んでいる。

と言うのも、グローバリズムの概念では中心となるヒトや、そのバックグラウンドとしてのカルチャーが驚くほど「無視」されているのだ。

え?それってヤバくない?

 

「メリット先行型思考が摩擦を生む」

 

メリット・デメリットの計算だけで物事を考えるのなら、それは AI にやらせた方がうまくいくだろう。

大切なのは、グローバリズムの中心は人間であり、人間は数えきれないほどたくさんいて、その一人一人に異なったバックグラウンドがあるということだ。

ここで言うバックグラウンドとはズバリ、「カルチャー」そのもの。

今日のグローバリズムは、バックグラウンドとしてのカルチャーをあまりにも無視してメリットを追いかけた結果、至るところで「無意識の文化的摩擦」を作ってしまっているのだ。

これを踏まえて、グローバリズムとドルガバのニュースを照らし合わせてみよう。具体的には以下の通りである。

①ドルガバは、中国でのファッションショー敢行及びその宣伝で更なる利益を期待していた。
②中国文化である箸を用いた宣伝(=カルチャーに対する軽率な考え方)が裏目に出た結果、炎上騒動を呼び、ショーの中止に繋がった。

①がメリット思考、②が「無意識の文化的摩擦」である。

今、世界の高級ブランド品マーケットにおいて、中国人の売り上げに占める割合は実に三割超に昇ると言われている。これを受けて世界中のブランド業界がこぞって中国進出に躍起になっているわけだ。そしてドルガバも例外ではなかった。マーケットの拡大という観点から見れば十分メリットのある話だ。

ただ、カルチャーへの理解が置いてけぼりになってしまった。メリットを求めるのであれば、カルチャーも「並行して」考えなければ足元を掬われる可能性がある

ここが、今日のグローバリズムを考える上での重要なポイントだ。

 

「グローバリゼーションは次の段階へシフトしている」

 

「グローカリゼーション」という単語を耳にしたことのある人は決して少なくないだろう。

グローバリゼーションとローカリゼーションを掛け合わせた、最近になって誕生した造語だ。こんな言葉が普及した今日でさえ、グローバリズムにまつわる文化的摩擦は枚挙にいとまがない。何故カルチャーは蔑ろにされてしまうのか?

それは、グローバリゼーションを主導する企業や政府と、カルチャーとの距離が遠いからだ。

今回のドルガバの件もそうだが、活動を主導する側は基本的にメリットとデメリットだけはすごくよく見えるらしい。実際これは誰にでも言えることだ。利益だけの話なら、たとえ百億光年離れた宇宙人とだってできるだろう(これは言い過ぎか?)。机の上で計算すればいいだけだからだ。

だが、机の上で人間とカルチャーは見えない。見えないからこそ慎重になるべきではないだろうか?

今、グローバリズムは次の段階への過渡期に直面している。交通手段やインターネットの発達によって、人間と人間の物理的な距離は近付いた。今度は人間が進化し、心理的距離を近付けなければ、グローバリズムの更なる発展は見込めないだろう。

 

「未来のグローバリズム、未来の人間の在り方」

さて、未来のグローバリズムには、カルチャーに対する理解と尊重が欠かせないことが分かった。そのために未来の人間はどうあるべきか、私が重要だと考えるポイントを二点、最後にご紹介しよう。

① 自国の文化を尊重する。

まずは自分の国の文化に誇りを持つことだ。盲目的に外国文化の方が優れている、と考えるのは非常にまずい。相手文化を正しく受容することと、自国の文化との間に優劣をつけることは別だ。

この点を勘違いしている日本人は多い。例えば「すする」という行為が下品だ、という批判はパスタを食べる際は成立するが、日本でラーメンを食べる場合には当てはまらない。

外国文化をことごとく肯定するのではなく、自国文化と正しく折り合いをつけるのが本当の文化理解ではないだろうか?

② 自国に存在する異文化を疑う

なかなか難しい言い方になってしまったが、これはつまり次の通りだ。ある人が洋食レストランに入り、パスタを頼んだとする。その人はお上品に食べようと思って、左手に持ったスプーンの上にパスタを乗せ、右手のフォークで絡めて食べるかもしれない。しかし実はこれ、日本独特の食べ方なのだ。

このように、外国文化が異なった解釈で自国に根付いている可能性は十分にあり得る。

ドルガバの炎上騒ぎに立ち戻ると、中国人モデルはお箸を乱暴に突き刺し、持ち上げて食べていた。しかし、私は実際に似たような所作をする外国人を見たことがある。あろうことかお箸を1本ずつ両手に持ち、魚を切り分けていたのだ。お箸を上手に使えない外国人が、まさかマナー違反だとは夢にも思わず間違った使い方をしてしまった瞬間だ。

ドルガバが中国人モデルに対して、知らず知らずこのような指示を出したかどうかは分からない。しかし間違った文化解釈が原因で摩擦が生じてしまう可能性も十分に考えられるのだ。

まずは自分のカルチャーをよく知ること。その上で相手のカルチャーも尊重し、理解に努めること。グローバリズムの進化と共に我々人間もまた、新しい人類に進化しなければならない。

 

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